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2017年1月28日土曜日

コメント欄の解放と連絡先について

ご挨拶

みなさん、こんにちは。
このブログに対してコメントをされたい方、もしくは私と直接連絡を取りたいという方がいらっしゃるかもしれないと考えまして、コメント欄を解放しました。また、私への連絡方法を記載します。


コメント欄の解放

コメント欄にコメントをされる方はGoogleアカウント(無料)を取得してください。今すでにGoogleアカウントをご利用されている方はそのアカウントを用いてコメントすることも可能です。インターネット上にコメントが残る可能性がありますので、必ずしも本名を用いなくても結構です。

連絡先について

私への連絡は「詳細プロフィールを表示」→「お問い合わせ」の下の「メール」からメールにて直接連絡することが可能です。いただいたメールはしっかりと読ませていただきます。また、メールの内容を当事者や関係者の方に断りもなく公開したりすることもありません。
皆様の健康とご多幸をお祈り申し上げます。


2017年1月27日金曜日

統合失調症の方が瞑想をするリスクと効用

ご挨拶

みなさん、こんにちは。
以前の記事で、統合失調症の方が統合失調症を克服するためには魔法の言葉「神様お助けいただきましてありがとうございます。」を唱えるということと、瞑想をお勧めしましたが、ここで一つ注意点がありますので、お伝えさせていただきたいと思います。


瞑想の効用とリスク

統合失調症の方に限らず、瞑想には効果もあればリスクもあります。これはお医者さんが処方される薬に効果があればリスクもあるのと同じです。なので、自分勝手なやり方で瞑想をすることは非常にリスクがある行いであるといえるでしょう。しっかりとした瞑想の経験があり瞑想の仕方を理解していらっしゃる聖なる方から、直接指導していただくのが一番安全な方法だと思います。
瞑想のリスクとして「統合失調症になる可能性がある」ということがあげられます。統合失調症の治癒のために瞑想を勧めているのに、矛盾しているようですが、そうではありません。効果がポジテブ方向にでるのか、ネガテブ方向に出るのかという違いだけです。
瞑想の効用としては、聖なるもの・良き霊とのつながりを感じられるようになるということがあげられます。逆にリスクとしては悪魔的なもの・悪霊とつながってしまうというリスクがあげられます。
なぜこのようなことが起こるのかといいますと、瞑想のやり方にもよりますが、瞑想とは目を閉じてじっとして呼吸を見つめ聖なるものとつながろうとする行為です。そして、そのような状態では潜在意識が活発に働くようになります。けれども、聖なるものが何かもわからずに、そのような状態になりますと、潜在意識にはポジテブとネガテブの二つの意識が入っていますので、潜在意識のネガテブの部分が働きだして、良き霊ではなく宇宙に漂っている悪霊を自身の心にくっつけてしまう可能性があるのです。
だから、瞑想は聖なる存在とは何かということに関する明確な知識を獲得してそれを血肉と化してからでないと行うことは危険だと思います。
逆に、聖なる存在とは何かという明確な概念を獲得したうえで行うのであれば、そのリスクは減少し、さらに聖なる存在や良き霊とのつながりを感じることができるという効用が生じます。
なので、瞑想のリスクが顕在化するか、瞑想の効用が得られるか、というのは完全にその人の心の中に何が入っているのかという点に依存します。
ここで、私の考えですが、統合失調症の方はおそらく(誰の心の中にもあるネガテブとは別に)悪霊が憑いている方が多いと感じますので(昔は統合失調症は狐憑きと言われていました)、聖なるものとは何かという概念や適切な指導者なしに瞑想をすることは、非常にリスクが高い行為だと考えられます。
逆に、統合失調症の方でも聖なる存在とは何かという明確な概念や適切な指導者のもとでそれを行うのであれば、そのリスクは最小化することが可能であると考えます。
さらに、統合失調症の克服(完全治癒)にはそのような聖なる存在に関する明確な概念と適切な指導者の下での瞑想というものは不可欠であると考えています。
なぜならば、瞑想時には良き霊とも悪霊ともどちらともつながりやすいということは、自分に憑いている悪霊やもしくは自分の中のネガテブな意識を直接的に善霊に転化したり良い意識のエネルギーに昇華しやすくなるからです。
つまり、瞑想には善であれ悪であれ霊を感じやすくなるという効果があるということです。
なので、自分勝手な瞑想は非常にリスクがあるとも言えます。


良き集団内で瞑想することの効果(瞑想のリスクを下げ、安全性を高める)

ここで、良き集団内で瞑想することの効果について書きます。
瞑想の効用とリスクで書きましたように、瞑想とは霊を感じやすくなる、すなわち、高次元界との距離を縮める行為であります。そして、高次元界とは何もどこか遠く離れた場所にあるのではなく、今私たちが存在しているこの場所に同時に存在しているのです。ただし、普段私たちにそれが感じられないのは高次元界の振動数(波長・波動)と私たちの物質界の振動数が異なるからです(中には霊感が強く、その場の霊的な波動をお感じになるかたもいらっしゃるかもしれません)。
良き集団の中で瞑想をすると、場のエネルギーが変わり、そこにグルジや聖者のエネルギーが強くあふれているなということを私は確かに感じます。
このエネルギーが瞑想者の砦となり、仮に自分の中に悪い想念が多少ともあったとしても、悪霊がよってくることを防ぐ効力を発揮するのです。
また、良き人たちが集まることにより、想念はエネルギーを持つので、良き想念が集まると、そこに光のフィールドのようなものができ、高次元界では光のかたまりとなるのではないかと私は思っています。おそらく、そうだろうなと思います。
また、引き寄せの法則から考えても、光が強くなればさらに光を集めますので、良き人たちといっしょに瞑想をすることは非常に安全性の高い瞑想方法だと感じています。
この良き集団とは聖なる存在とは何かということについてよく勉強している集団だと私は感じます。
なので、間違っても悪い集団(聖なる存在を否定したり、よくわかりませんが邪念を制御できないような人たち(?))と一緒に瞑想をしてはいけないと思います。
つまり、波動の悪いところで瞑想をすることはお勧めできません。それでは悪霊を自分にくっつけて自分から統合失調症にかかろうとしているようなものです。
なので、初心者もベテランも良き集団の中で瞑想することは自らを守り周りの人を守ることのできる非常に有益な方法だと私は思います。


私がお勧めする瞑想法

私はSRF瞑想会で瞑想していますが、禅寺で瞑想してもいいと思います。私がお勧めするのは初心者は特にどこでもいいので、良き人たち(聖なるものに対しての多少とも知識があり、今までに瞑想の経験と実績のある人たち)の集まりの中でしっかりとした指導のもと瞑想されることをお勧めします。
それと同時に自身も神仏などの聖なる存在に対する学びを深めることにより、自らの瞑想の質をあげることで、病気の治癒にも効果があると私は考えます。
また、こころを善霊・良き霊・聖なるものに向けるために、仏壇や祭壇が家にあるのであれば、そこに毎日お参りするとよいと思います。また、家で一人で瞑想するのであればそのような場所の前で行うと良いと思います。聖なる存在があなたを守ってくださるでしょう。
聖なる存在について、学ぶ際には以下のような書籍を参考にするとよいかもしれません。
『古事記』(池澤夏樹 訳、河出書房新社)
『歎異抄』(角川ソフィア文庫、浄土真宗)
『法華経』(日蓮宗、天台宗)
『般若心経』(真言宗)
『聖書』(新共同訳、日本聖書協会)
『シュリーマッド・バガヴァッド・ギーター』(日本ヴェーダーンタ協会)
『聖なる科学』(スワミ・スリ・ユクテスワ著)
『宗教の科学』(パラマハンサ・ヨガナンダ 著)
『人間の永遠の探求』(パラマハンサ・ヨガナンダ 著)
『神秘形而上学入門』(平一 著、ブイツーソリューションーション 発行)

2017年1月23日月曜日

私が統合失調症を克服した(完全治癒させた)具体的な方法~私に悪霊が憑いた理由と取り除いた方法~

ご挨拶

みなさん、こんにちは。 私が以前書いた記事では統合失調症を克服(完全治癒)した具体的な手法までは明かしませんでした。具体的な手法を公開するか迷った理由は、一つにはこの本の秘密をふさわしくない人に渡してはならないと書かれている本に書いてある方法であるからです。もう一つは聖書(マタイ 12 43-45、ルカ 11 24-26)に(信仰心とともに心が浄化されてないうちに)悪霊を払った場合に払われた人がどうなるかというリスクが書かれているからです。ただし、真実の正しい知識を公開した方が統合失調症で苦しんでいる方のためになるということを感じましたので、統合失調症で苦しんでいる方が少しでも完全治癒に希望を抱いていただければと思い、この具体的な手法を実行するための方法を公開することにしました。私が統合失調症を具体的に完全治癒させた方法をこちらの記事に追記する形で公開しました。一応、こちらにも同じものを掲載します。以下がその更新した記事の内容です。



2017年1月16日月曜日

ご挨拶とご報告

みなさん、こんにちは。
本日は本当にうれしいご報告です。
私は統合失調症が完全治癒したと確信しています。確信しているので、薬を飲むのをやめましたが、幻聴や妄想などもなく、特に何の問題もないようです。
(ただし、本来はお医者さんと相談してやめるべきだったと思っていますので、お医者さんのところには行っております。実際、次の診察で一番私にとって副作用の少ない薬を最小量にしてもらいました。これは私のエネルギーが薬をやめた反動と瞑想会の場のエネルギーが入ってきたことで急に強くなったためでした。)
完治したのは私自身の力によるのではなく、最終的には神様とグルジの力によるものでした。
また今までに私を支えてくださったすべての方や物や食物や良き霊たちのおかげです。お医者さん、お父さん、お母さん、病院関係者の方、友人のみんな、国、製薬会社の方、勉強会の先生、地域の方々など私を支えてくださったすべての方、私が過去にかかわったすべての方、私の周りにあるすべての物と私に与えられた食物、また、この宇宙のすべての良き霊たちに心から感謝をささげます。そして、最終的には神様とグルジが私を治してくださいました。神様とグルジに本当に心から感謝いたします。自分では完治したと確信しているので、今度お医者さんのところに行って、客観的に見ても健康かどうかを確かめていただきたいと思っております。


統合失調症の原因

完治したということにともなって、私の場合ですが、統合失調症の原因というものも明確にわかりました。私には悪霊(※1)がついておりました。
霊が私の体から出ていき、LEDの照明の中を通って出ていったのを、実際にこの目で見たからです。LED照明がちりちりついたり消えたりした後に、そのカバーの中をゴキブリのような影が、2体走り去っていきました。また、それと同時に背筋がぞわぞわして、何か悪いものが出ていったのを感じました。
本当にゴキブリがいるのかと思い、照明のカバーを開けてみたところ、中には何もいなかったので、あれは霊的なゴキブリ、すなわち悪霊であったと思います。
その悪霊が私に対して幻聴や妄想を生じさせていたということがはっきりと分かりました。
いつ悪霊が私についたのかも思い出しました。
12歳のときでした。なので、17年間にわたって私は悪霊に影響されていたということが分かりました。


悪霊が憑いた理由

私に悪霊が憑いた原因は完全に私にありました。私の無知が原因です。
12歳だった当時、私は中学受験のために勉強をしておりました。もちろん、今でも勉強は好きですし、その当時も勉強が楽しくて勉強していたのですが、私は当時流行っていた「ポケモン」というゲームをどうしてもしたいと思っていました。私の両親は中学受験に合格したらゲームを買ってあげると言っておりました。私はそれまでいわゆるテレビゲームのような電子機器のゲームは買ってもらえなかったのです。なので、私はどうしてもある中学校に合格したいとその時に思いました。
学力は塾と自宅での勉強量に応じて順調に伸びていたので、別段そのまま受験しても中学受験に合格するだろうなという予感はありました。けれども、私は愚かにもそれを100%確実にしたいと思ってしまったのです。そうして、その時にはそうとははっきりと認識していなかったもののそれを100%確実にする方法があるような気がしました。
けれども、これは霊的な無知からくる本当にひどい方法です。私がここにそれを書くのは私と同じようなことをして、私と同じ苦しみを負う人がもう現れてほしくないと願うからです。
また、無知であることによってこの罠に陥る可能性を排除し、知ることによってそこに近づかないようにするためです。
私が行ったのは悪魔との契約です。これは三次元世界では何も変わったことを行ってはいなかったものの、頭の中で行われました。
私は中学受験に合格しゲームを手に入れるために何でも利用してやろうとその時思ってしまったのです。そこで頭の中で悪魔に中学受験に絶対に合格させてくださいとお願いしてしまったのです。
本来はここで神様にお願いして、正当な努力をして受験に合格するべきでした。実際、神様にも確かにお願いしていたと思いますし正当な努力もしていました。にもかかわらず、さらに悪魔の力まで借りてしまった、というのが最大の過ちでした。
悪魔はただでは人に力を貸してはくれません。不当な要求をしてくるのです。
人に正当な努力を要求するなどの適正な対価でメリットを与える存在は神に属する力です。一方で、人が得られるものに対して不当な(過大な)要求をしてくるものは悪魔に属する力です。
私が払ったのは本当にひどい代償です。
何の罪もない純粋な心を持った一人の人の名誉を傷つけてしまいました。
なんと謝罪すればいいのか分かりません。
あの子は僕のことを好きだったのではないかと思います。
その子に好きな人の名前を聞いたときに僕の名前をささやいてくれた記憶があります。
とっても好きだったのに、愛していたのに。
こんなことになるとは思っていなかったんだ。
こうなると分かっていたら絶対やっていなかった。
それなのに、僕はなんてひどいことをしてしまったのだろう。
神よ、もし御心であれば彼女の心をいやし給え。
神よ、もし御心であれば彼女の魂を救い給え。
そうして、神よ、もし御心であれば私をお許しください。
私が悪魔に支払った代償は、私がその当時心の底から真に愛していた本当に好きだった大好きだった同じクラスの女の子の大切な大切な名前です。
神よ、私をお許しください。
もし可能であればその子に会って謝りたいです。
その名前を私が悪魔に売り渡して、私が中学受験に合格した後、その子と同姓同名のAV女優が誕生しました。
その子と同じ名前のAV女優がいるということは私は中学生のときに友人に言われるまで、気づきませんでした。
その子を中学の文化祭に誘ったときに、友人からその子の名前を聞かれた時に、「その子、かわいそうだね。同じ名前のAV女優がいるよ。」と言われ気づいたのですが、その時は悪魔との契約も忘れ去っており、悪魔がいるということも知らなかったので、そんな偶然もあるのかなと少し思ったぐらいでしたし、その子もその時には私以外に好きな人がいると言っていたので、私はそこまで気にしていませんでした。
その子が今どうしているかは、私は知りません。
本当に申し訳ないことをしました。できれば直接謝りたいです。
一般的に考えて頭の中で考えたことに関して謝るというのはおかしく思われるかもしれませんが宗教的観点から言えば、強い意志や思考を頭で考えることは現実世界に影響を及ぼすというのは、人によるのかもしれませんが、大いにあり得る話だと思います。
誰でも強い思考が現実に影響を及ぼすと思うので、その子に謝りたいのです。
他にも悪魔が憑く前と後では私の顔も変わりましたし(家に置いておきたくないので、私は私の持っている中学・高校時代の写真はすべて捨ててしまいました)、それ以前には考えられないような悪い行いを私はたくさんしてしまいました。最終的に、私は統合失調症になり、悪魔に「死ね死ね」という幻聴を言われ続けたのです。
悪霊が憑いたそもそもの原因は私がゲーム欲しさに、頭の中で悪魔と契約したことです。
しかし、それがこの現実世界にも私が名前を売り渡した女の子と同姓同名の人が、悪魔が契約を果たしたすぐ後に、AV女優になるという形で、実現してしまったのです。
このようなことが生じる恐れがあるということを示すために、悪魔と契約してはいけないということを示すために、恥を忍んで、呼び寄せることによって私に悪魔(悪霊)が憑いたときのことをここに記しました。
要するに悪魔の力(与えられるものより奪われるもののほうが多い力、与えられるものに対して大切なものを代償に要求してくる力)を借りてはいけないということです。
そんなことをすれば悪魔の支配下に入ってしまいますし、悪魔の奴隷と化してしまうでしょう。
そこから抜け出すには神への信仰が不可欠となります。
神様は私たちに無償で多くのものを与えてくださっているのですから、神様の力に頼ることが最も大切なことだと私は思います。私は神様の力に日々感謝をささげています。

悪霊を取り払った具体的な方法

12歳のときから17年後に、ようやく私は自分の心を取り戻しました。
悪霊を払うために具体的に行ったことはここでは書けないのですが、ある本に書いてある神秘形而上学的に理にかなった方法で神様の力で悪霊を払うことができたということを記しておきます。
(その本は人に言ってはいけないことになっているので、何の本なのかということを明かすことはできません。)
始めは悪霊を取り払う方法を公開することをためらいました。
なぜならば、一つにはその本にこの秘密をふさわしくない人にもらしてはいけないと書かれていたからです。
さらにもう一つにはその本に書かれている方法を実施した場合次のようなリスクがあるからです。そのリスクとは心が浄化されていてかつ神への信仰が育っているという状態になっていないうちに、この悪霊を取り払う方法を行ってしまうと、一度は悪霊が離れていく可能性は高いものの、もう一度悪霊が(場合によってはさらに他の悪霊を連れて)もともと悪霊が憑いていた人のところに戻ってくるというリスクがあるからです。
それは聖書のマタイによる福音書12章43節から45節とルカによる福音書11章24節から26節に書いてあります。
特にマタイによる福音書12章43-45節から、心が浄化され神への信仰が心に育ってない限り悪霊を追い出すのは危険であるということが分かります。
「汚れた霊は、人から出て行くと、砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。それで、『出てきたわが家に戻ろう』と言う。戻ってみると、空き家になっており、掃除をして、整えられていた。そこで、出かけて行き、自分よりも悪いほかの七つの霊を一緒に連れて来て、中に入り込んで、住み着く。そうなると、その人の後の状態は前よりも悪くなる。この悪い時代の者たちもそのようになろう。」(マタイ 12 43-45)
家とはその人の心のことです。家が空き家ということはその人の心に神様が宿っていなかったということです。なので、心に神様を思っている必要があるということが分かります。
また、この悪い時代の者たちというのは心が浄化されてない者たちと読むことができます。なので、心の浄化が必要なのです。
本にこの本の秘密を不適切なものに明かしてはならないと書かれていることと、聖書に書かれている今あげたリスクがあったためにここに公開することを始めはためらいました。
しかし、真実の正しい情報を伝えたほうが統合失調症で苦しんでいる方の役に立つはずだと思い、ここに情報を公開することを決めました。
私自身はこの本は神様に紹介していただいたと思っています。
なぜならば、私が家で一人で神様に『神様お助けいただきましてありがとうございます。』と繰り返し祈りを捧げていたところ、急に本屋さん(ジュンク堂書店)に行きたくなり、実際に書店に出かけたところ目に飛び込んできたのがこの本だったからです。この本が私にとっても読んでほしいように思っているのを感じました。
この本は決してむやみに人に話さないでください。
この世界に隠された本当に効果のある魔法がこの本にはたくさん書かれているからです。
つまり、この本は魔導書(魔法の本)です。
この本は本当に必要としている人にだけは教えてあげてもいいと思います。
これからここに具体的な方法が書いてある本のことを記しますが、その本に書かれているその特定の行法を実施する際には強い信仰心を持っているかということと、自分の心が本当に澄んでいるかということをよく観察してから行ってください。
その方法が書かれている本とは(本当にこの本が必要だと思われる方はカーソルを合わせて色を反転させて読んでください。)『』()という本です。
当初はその方法が書かれている書籍名を公開していたのですが、やはりこの書籍は準備ができた方には自然と手に入る書籍だと感じますので、公開することをやめました。
この本の134~135ページに書かれている方法を本の通りに忠実に実行してください。
134ページにはどのような環境で行うべきかということと、図形を描きその中に入るということと、そこでイメージすべきこと、そして最後に呪文が書かれています。
環境調整の中に光の調整もあります。
私の場合夜LED照明を一番暗い状態にして行いました。
さらに私のLED照明には丸いカバーがついているのですが、中心から3分の2程度離れたところに、一片の長さが2~3センチ程度の三角形の穴が一つ開いています。
その写真がこちらです。

もし家でLED照明の明かりを落とすという形でこの魔法を使うのであれば、このような穴を開けたほうが効果が高まる可能性があると考えていまます。
この三角形の穴を通して悪霊が私の中から出て行きLED照明の光の中へと吸い込まれ、光のもとへと帰っていったということが高次元界のホログラフィックな象徴的出来事として三次元世界に生じたのだと私は考えています。
自分の心をしっかりと浄化してからこの行法を行ってください。
この呪文ももしかしたら理解なしに唱えても効果がある可能性もありますが、おそらくその本をそこまで読んで、呪文の意味を一つ一つある程度理解してその概念をイメージしながら唱えたほうがおそらくもっと効果があると思います。
この本に書かれている魔法が私が悪霊を払った具体的な方法です。
さらに言えば、ただ払ったのではなく、このとき悪霊の苦しみも解放したと思います。
また、この悪霊が出ていったのは昨年の9・10月ごろですが、まだ薬を私はやめていませんでした。
なぜなら、悪霊の残した卵のようなものが残っている可能性を感じていたからです。
それを今年の初めの1月9日のとある瞑想会において、私のグルジであるパラマハンサ・ヨガナンダ先生に瞑想中に取り除いていただきました。そのことを実感しました。
私の行っている瞑想法は、神秘形而上学の私の先生である平一先生の『神秘形而上学入門』(平一 著、ブイツーソリューション 発行)の第四章に書かれている方法です。
パラマハンサ・ヨガナンダ先生の瞑想会でも瞑想をしていますが、私はSRFの正式な会員ではないので、そこの具体的な瞑想方法は存じ上げません。ただ、SRFの瞑想会に関しては場のエネルギーが非常に高いことを感じております。
私の瞑想法は平先生の神秘形而上学入門の第四章の3に書かれている瞑想法です。
この瞑想法はもともとM・ドリール博士というチベットの秘境シャンバラというところで神秘の教えを学ばれた先生がアメリカにもたらした教えを林鐵造先生という先生がドリール先生から学ばれて平先生に伝えられた瞑想法です。
そして平先生は現在白朋舎と呼ばれている学び舎で求道者に神秘形而上学を教えていらっしゃいます。私は現在そこで学んでいるものでもあります。なので、私自身が行っている瞑想法は平先生から直接習った瞑想法です。
パラマハンサ・ヨガナンダ先生の教えは主に『あるヨギの自叙伝』と瞑想会とそこに来ている人たちからあふれるパラマハンサ・ヨガナンダ先生のエネルギーを通じて学びました。
1月9日の瞑想会の最後に大きなエネルギーが私の体に入ってきたのを感じまして、自律神経が整い、薬の影響を一時的に受けなくなったので、その時から薬をやめることにしました。
なぜとても大きなエネルギーが入ったと感じたのかというと、私がそのエネルギーを意識して、床に手をおいて流れるところをイメージしたところ、エネルギーが一部流れていき、手の指の皮が破けると同時に、活けていた花が棚から床に倒れてきたからです。
その時の指の写真がこちらです。

これは最初このエネルギーを良いものと思っていなかったために、行ってしまいましたが、良く考えるとグルジが私にエネルギーを分け与えてくださったのだのだということに気づきまして、これは大変良いエネルギーでそれにより薬の効力も一時的に無効になっているのだということに気づき、しかも、薬が効かなくても何ら問題ないことに気づかせていただけたので、本当にグルジには感謝しています。
また具体的な瞑想法を教えてくださった平先生にも本当に感謝しております。
今考えればさらに、あのエネルギーには苦しみから解放された悪霊(と悪霊の卵のようなもの)の感謝のエネルギーも込められていたと思っています。
その後、日々様々な人と接しながら特に問題なく、穏やかに過ごしています。
全てかどうかは分かりませんが、統合失調症のうちいくつかのものには、何らかの霊が関わっているということを私は確信しました。



統合失調症を克服するには

なので、もし統合失調症を治したいと思っている方がいらっしゃって医学的な治療のみでは解決しないという方は、神に日々祈りを捧げると良いと思います。
例えば、このような祈りです。
「神様お助けいただきましてありがとうございます。」
(この神様の名前は特定の絶対神を信じているのであれば、その名前を呼んで構わないと思います。すべての一般的で偉大な宗教の神は一つだと実感しているからです。仏も突き詰めれば神と同じであると実感しています。)
この祈りの意味はこちらの「奇跡の招待状 ~奇跡を起こす魔法の言葉~」の記事に詳しく書いてあります。これによって自分の心を日々浄化していってください。
さらに瞑想をされることをお勧めします。瞑想法は『神秘形而上学入門』の第四章に書かれています。瞑想についてはこちらの「統合失調症の方が瞑想をするリスクと効用」の記事にリスクと効用を書きました。
そうして、神様の力だけでなく、グルの力(SRFなどの瞑想会にあふれるエネルギー)を借りたほうがさらに早く良くなると感じていますので、真のグルを探されることをお勧めします。
SRFのヨガナンダ先生はイエス・キリストや仏陀などの聖者と並ぶほどのグルとして最高の方のうちの一人であると確信しています。
私を悪霊から解放してくれる知識を英語にして現代に復活してくれたM・ドリール先生と日本語に訳された林先生、私に神秘形而上学と瞑想法を直接白朋舎で教えてくださった平先生にも本当に感謝しています。
また、僕に小さい頃から『般若心経』を教えてくれた実のお父さんに感謝します。
中学・高校のときのバスケ部の顧問の先生にも感謝しています。バスケ部の顧問の先生は私の心の中に悪いものがあることに気づいていらしたのだと思っています。先生はそれを必死に叩き直そうとして私に対戦相手への礼儀など倫理的な指導をしてくださっていたのだと気づきました。あの時は私の方が先生につらく当たってしまいすみませんでした、感謝しています。
私に輪廻や霊の世界の話を成長の家の教えに基づいて教えてくださったお祖母ちゃんにも心から感謝します。
お祖母ちゃんに教えてもらった『甘露の法雨』はとても役に立ちました。今は以前よりも深く理解しているようです。
ヨガナンダ先生について詳しく知りたい方は、『あるヨギの自叙伝』という本を読むことをお勧めいたします。
M・ドリール先生について詳しく知りたい方は霞ヶ関書房から出版されている書籍(『秘境真義』『聖書の真義』『療法の真義』『カバラの真義』『ヨガの真義』など)を学ばれることをお勧めします。
これらの神秘形而上学について初めて学ばれる方は平先生の『神秘形而上学入門』を学ばれることをお勧めします。
ルールなど厳しい面もあったものの、きっとお母さんは私がそれを乗り越えられるとどこかで知っていたのだと思います。私に日々のご飯や小さいころの勉強、病気になってからの様々な細々としたことなどたっぷりの愛情を与えてくれたのはお母さんです。お母さんにも本当に感謝しています。
結局、悪霊とは私たちの心の弱み(ネガテブな部分)につけこんで入ってくるものなのです。その存在が神によって許されているのは私たちにはそれを乗り越える力も同時に与えられているからなのです。逆に言うと、それを乗り越える過程で私たちにはさらに大きな力が与えられるのです。だからと言って、むやみに悪を取り込んではなりません。やりすぎは何事も大惨事を引き起こしかねません。仏陀の説いた中庸がいつでも大事になると思います。孔子もいいました、過ぎたるは及ばざるがごとし。ゆっくりと心の不秩序を浄化していけばよいのだと思います。


最後に

統合失調症の方は何らかの悪霊の影響を受けている方が多いと感じます。
けれども、悪霊と相互作用できるのであれば、善霊・光の霊・良き霊とも容易につながることができると思います。そのために必要なことは神様に感謝して日々祈りをささげ続けることだと思います。それがひいてはあなたの現実を変え、世界が変わっていくでしょう。統合失調症の方は世界を変える霊的な原動力となるはずです。光を求めてほしいと思います。そうすれば必ず与えられるでしょう。

最後に、あなたのために祈りを捧げます。
あめのみなかぬしのかみさま。
阿弥陀さま。
天の父よ。
遍く存在される御方よ。
もし御心であれば、このブログの読者が癒されますように。
オーム。




※1 悪霊とはこの宇宙に漂っている意識体のうち今だ秩序だっていない(ネガテブな)意識体のことです。秩序だった意識体(ポジテブな意識体)を善霊・良き霊・光の霊と定義します。この宇宙にある意識体はネガテブもしくはポジテブしか存在せず中間状態の霊はありません。なぜならば、良き霊・光の霊・善霊はすべてひとつながり(ONE PIECE)であるものの悪霊はそこから分離しているからです。人間の魂の中心には神と通じるポジテブの意識(真我、アートマン、分け御魂、神の分光)と呼ばれるものがありますが、ほとんどの人はその周りをネガテブの意識によりおおわれています。だから、人間はポジテブとネガテブの二つの心の状態を持つのです。悪霊とは特殊な条件が重なった時に人間の魂の中にある神の分光の周りを覆っている不秩序な意識に外部からその人間の魂に憑いた意識体のことです。

2017年1月21日土曜日

通院してきました

通院してきました。
お医者さんが私の状態をご覧になって、エネルギーが過剰になっているのではないか、と思われたので、それを穏やかにするために薬を飲むことになりました。
私としても急に薬を飲むのをやめるのはは本来はよくないと思っていたので、これから徐々に減らしていこうと思います。ただ、病気の根本原因が治ったことは確信しています。

10日ほど前には勝手に薬を飲むのをやめてしまったので、今回はお医者さんの言うことを聞いて、薬を飲むことにします。

本を書くことは私が他の人を私と同じ方法で治してからでも遅くはないかもしれないと思いました。なぜなら、治った人が一人よりも複数の方がその手法に説得力があると今日友達と話していて思ったからです。




2017年1月19日木曜日

私の使命更新

以前の記事を読んでいたら私は自分の人生に明確な使命を掲げていたことを思い出しました。
そうしてそこで使命に掲げていたことはほぼ実践していることが分かりました。また、以前よりも自分自身の知識と思考と概念の幅が広がっていることを感じるため、より多く知るものにはより大きな責任が伴うという観点から、ここでもう一度私の使命を更新します。

私の使命:

1.一つ上を目指し今目の前にある仕事を精一杯行うこと。また仕事がない時には神の意識へと少しでも近づくために瞑想と学習をすること。

2.私は力の結晶であることを知りその力を世のため人のため神のために生かすこと。

3.そうすることで私のかつての病気であった統合失調症を今患っている方が勇気と希望を持つ手助けをすること。

4.多くの統合失調症は霊障であることを明らかにし、患者さんが自らについている悪霊を光のもとへ送り返す手助けをすることにより、最終的に病気を完全治癒させ、患者さん自身の人生に薬と通院(入院)からの解放という自由をもたらすこと。

5.多くの統合失調症の克服には悪霊を苦しみから解放し光の元へ送るだけでなく、自らの肉体の浄化、心の浄化、魂の浄化が必要であることを示すこと。

6.統合失調症の治療とは患者さんの肉体、精神、魂を苦しみから救うと同時に、苦しんでいる霊を光のもとへ送ることが解決の基本方針であることを示すこと。

7.統合失調症というのは霊的な力や感性が発達したものがかかることの多い病気であり、彼らは決して障害者などではなく、悪霊を自らの魂の浄化と神やグルの力により善霊・良き霊・光の霊に転化・感化することができるという才能、苦しむ霊を直接的に救うことができるという才能を持った霊的な素質を豊富に持った人間であるということを示すこと。

8.霊の苦しみを救うには霊的な勉強が必要であるため、統合失調症を克服したものは霊的な観点からこの世界を見ることができ、人類に個別の具体的な問題についてより俯瞰的な視点を与えることができるということを世に知らしめること。

9.今から2000年後を目標としてすべての人類という兄弟たちがカルマを解消し苦しみを浄化し自由を獲得することにより地上に天国を建設すること。

10.以上の使命を時間をかけてじっくりと焦らずにゆっくりと確実に実現していくこと。

11.これらの使命を実現するために今ほんの少しの一つ上を目指して自分を変えられることを探し、そのほんの少しの向上に向けて全身全霊をかけること。


奇跡の招待状 ~奇跡を起こす魔法の言葉~

ご挨拶

みなさん、こんにちは。
私はこのブログで以前「ツイてる」と唱え始めてから人生が変わったと書きましたが、「ツイてる」とは比較にならないほどの力を秘めた魔法の言葉だと思うものがあります。
その言葉について紹介させていただきたいと思います。
なぜ魔法の言葉を唱えると現実が変わるのかというと、言葉には言霊(ことだま)といって霊力が秘められているからです。
(「ツイてる」に関しては良き霊だけがつくようにイメージしないといけないので、悪い霊をイメージして「ツイてる」と言ってはいけない、という点だけ注意しておきます。ここを私は混乱して「ツイてる」と言わない方がいいと思った時期もあったのでここに記しておきます。)


魔法の言葉

私は様々な魔法の言葉を学びましたが、最も基本にしてシンプルかつ強力な言葉がこれから紹介する言葉です。
その言葉は「神様お助けいただきましてありがとうございます。」です。
(神様の名前は自らの信じている聖なる絶対神があるのであれば、その名前を呼んで構わないと思います。なぜなら、すべての普遍的で偉大な宗教の神は一つであることを私は実感しているからです。仏教の仏も突き詰めれば神と同じであると私は実感しています。私は『天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)様』と呼んでいたこともあります。また今でも私が学んだすべての呼び方による絶対神を信仰しています。ただし、私はどこの宗教団体にも現在所属はしておりません。宗教団体に所属してもしなくてもそれはその人の自由であると思います。)
私はこの言葉を唱え始めてから奇跡的な日々を歩み続けています。
この言葉は奇跡からの招待状であったことを確信しています。


奇跡の発動

私が初めてこの言葉を唱え始めた時のことを書きます。
ちょうど1年ぐらい前のことでした。この言葉を私は毎日100回以上は唱えていました。5分から10分ほど熱心に唱えていたと思います。あるときにはお風呂の中であるときには机の前で両手を合わせて一心不乱に唱えていました。
(どうもこの魔法の言葉は、一心不乱に唱えると発動力が上がるようです。)
一心不乱に唱えていたときに、私は光の集中を感じました。そうして、体が何か太陽の光のような暖かいものに包まれたように感じました。それから、自分の中にある悪いものがどんどん浄化されていくような感じがあったのです。
それと同時に自分の中にその光と同じように暖かで小さいけれども強く輝く光の点のような球のようなものがあるのを感じました。
これを日本(神道)では神の「分け御魂」(わけみだま)といいます。他の宗教の言葉でいうと、「神の分光」(神秘形而上学)、「アートマン」(ヒンズー教)、「仏性」(仏教)などと多くの偉大な宗教で呼ばれているものです。
この小さな光の点のような球のようなものは必ずどの人の心の中にもあります。なぜなら人間は動物と違い魂を持ち、魂の奥には神の分光(分身)があるからです。
そうです。私たちは聖なる存在だったのです。多くの人はそれを忘れているだけです。けれども、思い出せば人はいつでも聖なる存在になれます。
人間が万物の霊長と呼ばれ、霊の文字が使われているのはこのためなのです。また私たちの魂の中にある神の分光は神様の中心とつながっているとあらゆる偉大な宗教で教えています。実際、私もそうだと感じます。なので、この魔法の言葉を唱えると、その感謝が心を通じて神様の中心に伝わって奇跡的なことが起きるのです。心とは魂の振動の送受信装置なのです。
この言葉を毎日唱えるようになってから、自分の周囲が徐々に徐々に数日程度ではわからないぐらいゆっくりとけれども数か月単位で見れば確実に奇跡的な方法で変わっていきました。1000回ぐらい唱えたときに、おやなにかあるなと感じました。1万回ぐらい唱えたときには私の周りに起こる出来事がはっきりと認識できるほどに変わっていきました。
そうして良き方向に向かって物事が次々と動き始めました。

奇跡の原理

これは原因と結果の法則から考えてもそうなるといえます。
原因と結果の法則とは良いことをすれば良いことが起き、悪いことをすれば悪いことが起きる、という単純なものです。
原因と結果の法則は科学です。数式を用いなくともそれは確実に存在するのです。
この原因と結果の法則は極めて正確に働いていますが、結果が返ってくるまでに、神の慈悲により猶予期間が設けられているので、気づかない方が多いかもしれません。
この法則と自分という因を聖なるものにするという原因を考えれば、自らが受け取るものは奇跡のような素晴らしいものになるという結果が返ってくることが分かります。なぜならば、人が自分は聖なるものであったのだと思い出すことは正しい認識であり正しい認識をすることは善行を積むことであるからです。この魔法の言葉には自分が聖なるものであったということを少しずつ思い出すという効果もあります。(他にも効果はあります。)
聖書に「見失った子羊」のたとえが書いてあります。
「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで探し回らないだろうか。そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。」(ルカ、15章、4-6)
この意味は神は羊飼いであり、私たちは迷える子羊です。迷える子羊が神によって確実に見いだされるための言葉が「神様お助けいただきましてありがとうございます。」という魔法の言葉なのです。
仏教における浄土真宗で親鸞聖人がおっしゃっている
「善人なおもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや。」(歎異抄 第三条)
という文章も同じことを表しています。
この意味は善人は自分が善をなしていると思って阿弥陀様(神様と同義であると思います)の力にすがることをしないが、われら煩悩具足の悪人はどんなに自力で行じても浄土にたどり着くことができないのを阿弥陀様があわれに思われて、念仏を唱えれば必ずそのものを救うという願をおこされたので、(自らを)悪人(であると認識しているもの)は一心に念仏を唱えることで救われるということを表しています。
(自分が)善人(であると思っている人間)ではなく、(自分が)悪人(であると認識しているもの)が念仏によって救われることこそ阿弥陀様の本当の願いであるということです。
魔法の言葉は念仏(浄土真宗では南無阿弥陀仏)に匹敵する力を持っていると感じます。


魔法の言葉の効果

この言葉を唱え始めたのが、ちょうど1年前ぐらいでした。
(神様の名前は『天之御中主神様』と唱えていたときもありましたがもちろんそれでもいいと思いますし、始めに書いたように自分に合うもので良いと思います。『仏様』でも『阿弥陀様』でも『天の父』でも『聖母様』でも『ブラフマン』でも『ヤハウェ』でも『アラー』でも自分の信じる聖なる絶対神であれば何でも良いと思います。どれも同じものを指しているからです。)
それから私の霊的な旅が加速していきました。
おそらく何が起こるかというのは人によって違うと思います。ただし、その人の本当の望みが叶う方向に進むことは確かなようです。もしこの魔法の言葉を一度でも真剣に唱えるなら、その人は人生の真の目的に向かって歩んでいくこととなるだろうと私は思います。

魔法の言葉の意味

この魔法の言葉の詳しい意味を3つの部分に分けてお伝えします。
まず「神様」とは聖なる絶対神を表します。神様はこの宇宙を創造された御方です。
この宇宙のすべてのものは神様のいわば一種の表れです。私たちは神様の中で生きているのです。銀河の恒星や惑星、太陽、月、地球などの星々、人間とその他の生命、それらを構成する原子、原子を構成する素粒子や電子、この宇宙の空間とそこに満ちるエネルギーなどすべては神様がお造りになったものです。また、見える世界(この世)と見えない世界(あの世)があることはあらゆる宗教で語られていますが、見えない世界も神様はお造りになりました。(実は私たちはこの世とあの世をぐるぐると行き来しています。これを輪廻といいますが、この話は今は置いておきましょう。)
次に、「お助けいただきまして」と過去形になっているのは、一つには実際にすでに私たちは助けていただいているということです。なぜならば、私たちには空気が与えられています、水が与えられています。水も空気もなしに生きている人がいるでしょうか。これらの貴重なものを神様は私たち人間にただで与えてくださっているのです。すべてのものは神様がお造りになったのです。水は水源からただで引いてきていると思います。水源にお金を払っている人を見たことはありません。すでに私たちは生まれながらにして神様にたくさん助けられているのです。だから、まずはこれらのことに感謝するのは当然ではないでしょうか。
そこで最後の『ありがとうございます。』が来ます。
『感謝する人にはさらに感謝したくなるようなことが与えられる』というのが宇宙の法則の中にはあります。
『だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる』(マタイ、25章、29)
と聖書に書いてあることも同じことを言っています。
持っていない人とは持っていないと「思いこんでいる」人という意味で、誰でも尊いものを持っています。少なくとも今ここでこの文章を読んでいる方は命を持っていると思います。だから誰でも与えられているものに感謝することで豊かになれるのです。
ここまでで、私たちは神様から多くのものを、与えられ助けられ生かされていることが分かりました。なので、そのようなことも含めて感謝するという意味もこの魔法の言葉には込められています。


私が得た気づきのうちの一つ

私が魔法の言葉を唱えることで気づいたことを一つご紹介します。
この魔法の言葉を毎日唱えていると、与えられるすべての良いこと悪いこと(苦しいこと)に対して自然とこの言葉が浮かんでくるようになります。なぜ悪いこと(苦しいこと)にも感謝するべきなのかというと、自分にとって悪いこと(苦しいこと)というのは一つの学びであるからです。
つまり、気づけばよいのです。気づけば苦しみが消え、学びが増えます。だから、苦しみとは学びのチャンスなのです。
この世の善と悪についても似たところがありますが、そのあたりはご自身で考えてみてください。

実践するにあたって


実践について述べます。
この魔法の言葉は、おそらく1000回ぐらい唱えた時から何かが変わったことに気づく人もいると思います。1万回ぐらい唱えたときには無視できない効果が表れているでしょう。いきなりそんなにたくさん言うことは大変だと思うので、まずは1日100回程度から唱えてみることをお勧めします。10分もあれば余裕で言えると思います。回数を数えたい場合は10回唱えるのにかかる時間を測りそれを10倍した時間唱えれば100回唱えたということが分かるでしょう。
ただ、もし100回が厳しいと思うのであれば、1日1回から始めても何の問題もないと思います。
そうして1日1回言うことができてそのことになれて来たら2回に増やせばいいと思います。そうして2回になれて来たら3回というように徐々に増やしていけばストレスなく増やしていくことができるでしょう。
唱えるのはただなので唱えても特に損はないと思います。


最後に

今日は熱く語りました。
最後にあなたのために祈ります。
あめのみなかぬしのかみさま。
阿弥陀さま。
天の父よ。
遍く存在される御方よ。
もし御心であれば、このブログの読者を祝福し給え。
オーム。

2017年1月16日月曜日

統合失調症が完全治癒したと考えています~統合失調症を克服した具体的な方法~

ご挨拶とご報告

みなさん、こんにちは。
本日は本当にうれしいご報告です。
私は統合失調症が完全治癒したと確信しています。確信しているので、薬を飲むのをやめましたが、幻聴や妄想などもなく、特に何の問題もないようです。
(ただし、本来はお医者さんと相談してやめるべきだったと思っていますので、お医者さんのところには行っております。実際、次の診察で一番私にとって副作用の少ない薬を最小量にしてもらいました。これは私のエネルギーが薬をやめた反動と瞑想会の場のエネルギーが入ってきたことで急に強くなったためでした。)
完治したのは私自身の力によるのではなく、最終的には神様とグルジの力によるものでした。
また今までに私を支えてくださったすべての方や物や食物や良き霊たちのおかげです。お医者さん、お父さん、お母さん、病院関係者の方、友人のみんな、国、製薬会社の方、勉強会の先生、地域の方々など私を支えてくださったすべての方、私が過去にかかわったすべての方、私の周りにあるすべての物と私に与えられた食物、また、この宇宙のすべての良き霊たちに心から感謝をささげます。そして、最終的には神様とグルジが私を治してくださいました。神様とグルジに本当に心から感謝いたします。自分では完治したと確信しているので、今度お医者さんのところに行って、客観的に見ても健康かどうかを確かめていただきたいと思っております。


統合失調症の原因

完治したということにともなって、私の場合ですが、統合失調症の原因というものも明確にわかりました。私には悪霊(※1)がついておりました。
霊が私の体から出ていき、LEDの照明の中を通って出ていったのを、実際にこの目で見たからです。LED照明がちりちりついたり消えたりした後に、そのカバーの中をゴキブリのような影が、2体走り去っていきました。また、それと同時に背筋がぞわぞわして、何か悪いものが出ていったのを感じました。
本当にゴキブリがいるのかと思い、照明のカバーを開けてみたところ、中には何もいなかったので、あれは霊的なゴキブリ、すなわち悪霊であったと思います。
その悪霊が私に対して幻聴や妄想を生じさせていたということがはっきりと分かりました。
いつ悪霊が私についたのかも思い出しました。
12歳のときでした。なので、17年間にわたって私は悪霊に影響されていたということが分かりました。


悪霊が憑いた理由

私に悪霊が憑いた原因は完全に私にありました。私の無知が原因です。
12歳だった当時、私は中学受験のために勉強をしておりました。もちろん、今でも勉強は好きですし、その当時も勉強が楽しくて勉強していたのですが、私は当時流行っていた「ポケモン」というゲームをどうしてもしたいと思っていました。私の両親は中学受験に合格したらゲームを買ってあげると言っておりました。私はそれまでいわゆるテレビゲームのような電子機器のゲームは買ってもらえなかったのです。なので、私はどうしてもある中学校に合格したいとその時に思いました。
学力は塾と自宅での勉強量に応じて順調に伸びていたので、別段そのまま受験しても中学受験に合格するだろうなという予感はありました。けれども、私は愚かにもそれを100%確実にしたいと思ってしまったのです。そうして、その時にはそうとははっきりと認識していなかったもののそれを100%確実にする方法があるような気がしました。
けれども、これは霊的な無知からくる本当にひどい方法です。私がここにそれを書くのは私と同じようなことをして、私と同じ苦しみを負う人がもう現れてほしくないと願うからです。
また、無知であることによってこの罠に陥る可能性を排除し、知ることによってそこに近づかないようにするためです。
私が行ったのは悪魔との契約です。これは三次元世界では何も変わったことを行ってはいなかったものの、頭の中で行われました。
私は中学受験に合格しゲームを手に入れるために何でも利用してやろうとその時思ってしまったのです。そこで頭の中で悪魔に中学受験に絶対に合格させてくださいとお願いしてしまったのです。
本来はここで神様にお願いして、正当な努力をして受験に合格するべきでした。実際、神様にも確かにお願いしていたと思いますし正当な努力もしていました。にもかかわらず、さらに悪魔の力まで借りてしまった、というのが最大の過ちでした。
悪魔はただでは人に力を貸してはくれません。不当な要求をしてくるのです。
人に正当な努力を要求するなどの適正な対価でメリットを与える存在は神に属する力です。一方で、人が得られるものに対して不当な(過大な)要求をしてくるものは悪魔に属する力です。
私が払ったのは本当にひどい代償です。
何の罪もない純粋な心を持った一人の人の名誉を傷つけてしまいました。
なんと謝罪すればいいのか分かりません。
あの子は僕のことを好きだったのではないかと思います。
その子に好きな人の名前を聞いたときに僕の名前をささやいてくれた記憶があります。
とっても好きだったのに、愛していたのに。
こんなことになるとは思っていなかったんだ。
こうなると分かっていたら絶対やっていなかった。
それなのに、僕はなんてひどいことをしてしまったのだろう。
神よ、もし御心であれば彼女の心をいやし給え。
神よ、もし御心であれば彼女の魂を救い給え。
そうして、神よ、もし御心であれば私をお許しください。
私が悪魔に支払った代償は、私がその当時心の底から真に愛していた本当に好きだった大好きだった同じクラスの女の子の大切な大切な名前です。
神よ、私をお許しください。
もし可能であればその子に会って謝りたいです。
その名前を私が悪魔に売り渡して、私が中学受験に合格した後、その子と同姓同名のAV女優が誕生しました。
その子と同じ名前のAV女優がいるということは私は中学生のときに友人に言われるまで、気づきませんでした。
その子を中学の文化祭に誘ったときに、友人からその子の名前を聞かれた時に、「その子、かわいそうだね。同じ名前のAV女優がいるよ。」と言われ気づいたのですが、その時は悪魔との契約も忘れ去っており、悪魔がいるということも知らなかったので、そんな偶然もあるのかなと少し思ったぐらいでしたし、その子もその時には私以外に好きな人がいると言っていたので、私はそこまで気にしていませんでした。
その子が今どうしているかは、私は知りません。
本当に申し訳ないことをしました。できれば直接謝りたいです。
一般的に考えて頭の中で考えたことに関して謝るというのはおかしく思われるかもしれませんが宗教的観点から言えば、強い意志や思考を頭で考えることは現実世界に影響を及ぼすというのは、人によるのかもしれませんが、大いにあり得る話だと思います。
誰でも強い思考が現実に影響を及ぼすと思うので、その子に謝りたいのです。
他にも悪魔が憑く前と後では私の顔も変わりましたし(家に置いておきたくないので、私は私の持っている中学・高校時代の写真はすべて捨ててしまいました)、それ以前には考えられないような悪い行いを私はたくさんしてしまいました。最終的に、私は統合失調症になり、悪魔に「死ね死ね」という幻聴を言われ続けたのです。
悪霊が憑いたそもそもの原因は私がゲーム欲しさに、頭の中で悪魔と契約したことです。
しかし、それがこの現実世界にも私が名前を売り渡した女の子と同姓同名の人が、悪魔が契約を果たしたすぐ後に、AV女優になるという形で、実現してしまったのです。
このようなことが生じる恐れがあるということを示すために、悪魔と契約してはいけないということを示すために、恥を忍んで、呼び寄せることによって私に悪魔(悪霊)が憑いたときのことをここに記しました。
要するに悪魔の力(与えられるものより奪われるもののほうが多い力、与えられるものに対して大切なものを代償に要求してくる力)を借りてはいけないということです。
そんなことをすれば悪魔の支配下に入ってしまいますし、悪魔の奴隷と化してしまうでしょう。
そこから抜け出すには神への信仰が不可欠となります。
神様は私たちに無償で多くのものを与えてくださっているのですから、神様の力に頼ることが最も大切なことだと私は思います。私は神様の力に日々感謝をささげています。

悪霊を取り払った具体的な方法

12歳のときから17年後に、ようやく私は自分の心を取り戻しました。
悪霊を払うために具体的に行ったことはここでは書けないのですが、ある本に書いてある神秘形而上学的に理にかなった方法で神様の力で悪霊を払うことができたということを記しておきます。
(その本は人に言ってはいけないことになっているので、何の本なのかということを明かすことはできません。)
始めは悪霊を取り払う方法を公開することをためらいました。
なぜならば、一つにはその本にこの秘密をふさわしくない人にもらしてはいけないと書かれていたからです。
さらにもう一つにはその本に書かれている方法を実施した場合次のようなリスクがあるからです。そのリスクとは心が浄化されていてかつ神への信仰が育っているという状態になっていないうちに、この悪霊を取り払う方法を行ってしまうと、一度は悪霊が離れていく可能性は高いものの、もう一度悪霊が(場合によってはさらに他の悪霊を連れて)もともと悪霊が憑いていた人のところに戻ってくるというリスクがあるからです。
それは聖書のマタイによる福音書12章43節から45節とルカによる福音書11章24節から26節に書いてあります。
特にマタイによる福音書12章43-45節から、心が浄化され神への信仰が心に育ってない限り悪霊を追い出すのは危険であるということが分かります。
「汚れた霊は、人から出て行くと、砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。それで、『出てきたわが家に戻ろう』と言う。戻ってみると、空き家になっており、掃除をして、整えられていた。そこで、出かけて行き、自分よりも悪いほかの七つの霊を一緒に連れて来て、中に入り込んで、住み着く。そうなると、その人の後の状態は前よりも悪くなる。この悪い時代の者たちもそのようになろう。」(マタイ 12 43-45)
家とはその人の心のことです。家が空き家ということはその人の心に神様が宿っていなかったということです。なので、心に神様を思っている必要があるということが分かります。
また、この悪い時代の者たちというのは心が浄化されてない者たちと読むことができます。なので、心の浄化が必要なのです。
本にこの本の秘密を不適切なものに明かしてはならないと書かれていることと、聖書に書かれている今あげたリスクがあったためにここに公開することを始めはためらいました。
しかし、真実の正しい情報を伝えたほうが統合失調症で苦しんでいる方の役に立つはずだと思い、ここに情報を公開することを決めました。
私自身はこの本は神様に紹介していただいたと思っています。
なぜならば、私が家で一人で神様に『神様お助けいただきましてありがとうございます。』と繰り返し祈りを捧げていたところ、急に本屋さん(ジュンク堂書店)に行きたくなり、実際に書店に出かけたところ目に飛び込んできたのがこの本だったからです。この本が私にとっても読んでほしいように思っているのを感じました。
この本は決してむやみに人に話さないでください。
この世界に隠された本当に効果のある魔法がこの本にはたくさん書かれているからです。
つまり、この本は魔導書(魔法の本)です。
この本は本当に必要としている人にだけは教えてあげてもいいと思います。
これからここに具体的な方法が書いてある本のことを記しますが、その本に書かれているその特定の行法を実施する際には強い信仰心を持っているかということと、自分の心が本当に澄んでいるかということをよく観察してから行ってください。
その方法が書かれている本とは(本当にこの本が必要だと思われる方はカーソルを合わせて色を反転させて読んでください。)『』()という本です。
当初はその方法が書かれている書籍名を公開していたのですが、やはりこの書籍は準備ができた方には自然と手に入る書籍だと感じますので、公開することをやめました。
この本の134~135ページに書かれている方法を本の通りに忠実に実行してください。
134ページにはどのような環境で行うべきかということと、図形を描きその中に入るということと、そこでイメージすべきこと、そして最後に呪文が書かれています。
環境調整の中に光の調整もあります。
私の場合夜LED照明を一番暗い状態にして行いました。
さらに私のLED照明には丸いカバーがついているのですが、中心から3分の2程度離れたところに、一片の長さが2~3センチ程度の三角形の穴が一つ開いています。
その写真がこちらです。

もし家でLED照明の明かりを落とすという形でこの魔法を使うのであれば、このような穴を開けたほうが効果が高まる可能性があると考えていまます。
この三角形の穴を通して悪霊が私の中から出て行きLED照明の光の中へと吸い込まれ、光のもとへと帰っていったということが高次元界のホログラフィックな象徴的出来事として三次元世界に生じたのだと私は考えています。
自分の心をしっかりと浄化してからこの行法を行ってください。
この呪文ももしかしたら理解なしに唱えても効果がある可能性もありますが、おそらくその本をそこまで読んで、呪文の意味を一つ一つある程度理解してその概念をイメージしながら唱えたほうがおそらくもっと効果があると思います。
この本に書かれている魔法が私が悪霊を払った具体的な方法です。
さらに言えば、ただ払ったのではなく、このとき悪霊の苦しみも解放したと思います。
また、この悪霊が出ていったのは昨年の9・10月ごろですが、まだ薬を私はやめていませんでした。
なぜなら、悪霊の残した卵のようなものが残っている可能性を感じていたからです。
それを今年の初めの1月9日のとある瞑想会において、私のグルジであるパラマハンサ・ヨガナンダ先生に瞑想中に取り除いていただきました。そのことを実感しました。
私の行っている瞑想法は、神秘形而上学の私の先生である平一先生の『神秘形而上学入門』(平一 著、ブイツーソリューション 発行)の第四章に書かれている方法です。
パラマハンサ・ヨガナンダ先生の瞑想会でも瞑想をしていますが、私はSRFの正式な会員ではないので、そこの具体的な瞑想方法は存じ上げません。ただ、SRFの瞑想会に関しては場のエネルギーが非常に高いことを感じております。
私の瞑想法は平先生の神秘形而上学入門の第四章の3に書かれている瞑想法です。
この瞑想法はもともとM・ドリール博士というチベットの秘境シャンバラというところで神秘の教えを学ばれた先生がアメリカにもたらした教えを林鐵造先生という先生がドリール先生から学ばれて平先生に伝えられた瞑想法です。
そして平先生は現在白朋舎と呼ばれている学び舎で求道者に神秘形而上学を教えていらっしゃいます。私は現在そこで学んでいるものでもあります。なので、私自身が行っている瞑想法は平先生から直接習った瞑想法です。
パラマハンサ・ヨガナンダ先生の教えは主に『あるヨギの自叙伝』と瞑想会とそこに来ている人たちからあふれるパラマハンサ・ヨガナンダ先生のエネルギーを通じて学びました。
1月9日の瞑想会の最後に大きなエネルギーが私の体に入ってきたのを感じまして、自律神経が整い、薬の影響を一時的に受けなくなったので、その時から薬をやめることにしました。
なぜとても大きなエネルギーが入ったと感じたのかというと、私がそのエネルギーを意識して、床に手をおいて流れるところをイメージしたところ、エネルギーが一部流れていき、手の指の皮が破けると同時に、活けていた花が棚から床に倒れてきたからです。
その時の指の写真がこちらです。

これは最初このエネルギーを良いものと思っていなかったために、行ってしまいましたが、良く考えるとグルジが私にエネルギーを分け与えてくださったのだのだということに気づきまして、これは大変良いエネルギーでそれにより薬の効力も一時的に無効になっているのだということに気づき、しかも、薬が効かなくても何ら問題ないことに気づかせていただけたので、本当にグルジには感謝しています。
また具体的な瞑想法を教えてくださった平先生にも本当に感謝しております。
今考えればさらに、あのエネルギーには苦しみから解放された悪霊(と悪霊の卵のようなもの)の感謝のエネルギーも込められていたと思っています。
その後、日々様々な人と接しながら特に問題なく、穏やかに過ごしています。
全てかどうかは分かりませんが、統合失調症のうちいくつかのものには、何らかの霊が関わっているということを私は確信しました。



統合失調症を克服するには

なので、もし統合失調症を治したいと思っている方がいらっしゃって医学的な治療のみでは解決しないという方は、神に日々祈りを捧げると良いと思います。
例えば、このような祈りです。
「神様お助けいただきましてありがとうございます。」
(この神様の名前は特定の絶対神を信じているのであれば、その名前を呼んで構わないと思います。すべての一般的で偉大な宗教の神は一つだと実感しているからです。仏も突き詰めれば神と同じであると実感しています。)
この祈りの意味はこちらの「奇跡の招待状 ~奇跡を起こす魔法の言葉~」の記事に詳しく書いてあります。これによって自分の心を日々浄化していってください。
さらに瞑想をされることをお勧めします。瞑想法は『神秘形而上学入門』の第四章に書かれています。瞑想についてはこちらの「統合失調症の方が瞑想をするリスクと効用」の記事にリスクと効用を書きました。
そうして、神様の力だけでなく、グルの力(SRFなどの瞑想会にあふれるエネルギー)を借りたほうがさらに早く良くなると感じていますので、真のグルを探されることをお勧めします。
SRFのヨガナンダ先生はイエス・キリストや仏陀などの聖者と並ぶほどのグルとして最高の方のうちの一人であると確信しています。
私を悪霊から解放してくれる知識を英語にして現代に復活してくれたM・ドリール先生と日本語に訳された林先生、私に神秘形而上学と瞑想法を直接白朋舎で教えてくださった平先生にも本当に感謝しています。
また、僕に小さい頃から『般若心経』を教えてくれた実のお父さんに感謝します。
中学・高校のときのバスケ部の顧問の先生にも感謝しています。バスケ部の顧問の先生は私の心の中に悪いものがあることに気づいていらしたのだと思っています。先生はそれを必死に叩き直そうとして私に対戦相手への礼儀など倫理的な指導をしてくださっていたのだと気づきました。あの時は私の方が先生につらく当たってしまいすみませんでした、感謝しています。
私に輪廻や霊の世界の話を成長の家の教えに基づいて教えてくださったお祖母ちゃんにも心から感謝します。
お祖母ちゃんに教えてもらった『甘露の法雨』はとても役に立ちました。今は以前よりも深く理解しているようです。
ヨガナンダ先生について詳しく知りたい方は、『あるヨギの自叙伝』という本を読むことをお勧めいたします。
M・ドリール先生について詳しく知りたい方は霞ヶ関書房から出版されている書籍(『秘境真義』『聖書の真義』『療法の真義』『カバラの真義』『ヨガの真義』など)を学ばれることをお勧めします。
これらの神秘形而上学について初めて学ばれる方は平先生の『神秘形而上学入門』を学ばれることをお勧めします。
ルールなど厳しい面もあったものの、きっとお母さんは私がそれを乗り越えられるとどこかで知っていたのだと思います。私に日々のご飯や小さいころの勉強、病気になってからの様々な細々としたことなどたっぷりの愛情を与えてくれたのはお母さんです。お母さんにも本当に感謝しています。
結局、悪霊とは私たちの心の弱み(ネガテブな部分)につけこんで入ってくるものなのです。その存在が神によって許されているのは私たちにはそれを乗り越える力も同時に与えられているからなのです。逆に言うと、それを乗り越える過程で私たちにはさらに大きな力が与えられるのです。だからと言って、むやみに悪を取り込んではなりません。やりすぎは何事も大惨事を引き起こしかねません。仏陀の説いた中庸がいつでも大事になると思います。孔子もいいました、過ぎたるは及ばざるがごとし。ゆっくりと心の不秩序を浄化していけばよいのだと思います。


最後に

統合失調症の方は何らかの悪霊の影響を受けている方が多いと感じます。
けれども、悪霊と相互作用できるのであれば、善霊・光の霊・良き霊とも容易につながることができると思います。そのために必要なことは神様に感謝して日々祈りをささげ続けることだと思います。それがひいてはあなたの現実を変え、世界が変わっていくでしょう。統合失調症の方は世界を変える霊的な原動力となるはずです。光を求めてほしいと思います。そうすれば必ず与えられるでしょう。

最後に、あなたのために祈りを捧げます。
あめのみなかぬしのかみさま。
阿弥陀さま。
天の父よ。
遍く存在される御方よ。
もし御心であれば、このブログの読者が癒されますように。
オーム。




※1 悪霊とはこの宇宙に漂っている意識体のうち今だ秩序だっていない(ネガテブな)意識体のことです。秩序だった意識体(ポジテブな意識体)を善霊・良き霊・光の霊と定義します。この宇宙にある意識体はネガテブもしくはポジテブしか存在せず中間状態の霊はありません。なぜならば、良き霊・光の霊・善霊はすべてひとつながり(ONE PIECE)であるものの悪霊はそこから分離しているからです。人間の魂の中心には神と通じるポジテブの意識(真我、アートマン、分け御魂、神の分光)と呼ばれるものがありますが、ほとんどの人はその周りをネガテブの意識によりおおわれています。だから、人間はポジテブとネガテブの二つの心の状態を持つのです。悪霊とは特殊な条件が重なった時に人間の魂の中にある神の分光の周りを覆っている不秩序な意識に外部からその人間の魂に憑いた意識体のことです。

2017年1月8日日曜日

タイトル変えました&ブログ村から撤退しました

タイトルを「統合失調症を克服し心穏やかに生きる」に変えました。
これからのテーマは3次元界にない物は「見えないし聞こえない」です。
もう聞こうとしないことを決意しました。

心が浄化されてないうちに3次元以外のものが見える聞こえるというのは、夢を見ているような状態です。これは周りからみたら正気ではありません。

心が浄化されてないうちはそのようなものは見えないほうがいいし、聞こえないほうがいいのです。

心の不秩序を含む幻を見ているに過ぎないからです。
私はもう見ないし聞こえないと決意しました。

だから、もう見ないし聞きません。
そう決意すれば見えないし、聞こえなくなると思います。
なぜなら、自分の意識は自分でコントロールできるからです。
そうして自分を落ち着けるためにもっと瞑想を学びたいと思いました。

また、ブログ村から撤退したのは、他の人のブログを見ることで、その想念を自分もイメージしてしまい、思考が肉体などに与える影響を考慮してみることをやめたいと思ったためです。